ポルカ

ワン・ディ・デザート・フェスタに行ってきました。
行ったと言うより 鳥取に行ったついでに立ち寄ったという方が正確かもしれませんが・・・。
You’ll never walk alone ☆彡

[:がそりん:] 子育て通信より ツィッターの使い方 2012.3.14
おはようございます。
ツイッター関連
連続して お届けします。
「連続ツイート」第531回をお届けします。文章は、その場で組み立てながら即興的に書いています!  本日は、ツイッターの使い方について、日頃思うこと。
(1)昨日、@tospo_mobileさんが、1年前同時刻のつぶやきを配信していた。その中に、私のツイートもあって、あの時は大変だったなと思った。緊急事態で、多くの人が善意のツイートをした。拡散やRTを求めるものも多く、人々がそのような求めに呼応していた。
(2)確か、当日だったか、家具か何かに挟まれて助けを求めている人のツイートがあって、多くの人がRTしていたが、それが後にわざと書いたデマだったとわかったことがあった。善意のRT、拡散に水を差すそのようなfalse alarmが、一定割合で存在する。
(3)震災時に、ソーシャル・メディアの可能性が大きく浮かび上がった。そこには、確かに新しい希望がある。同時に、間違った情報や、偏った情報が潜む可能性もあって、そのような可能性を前にしてどんな風に対応するかということは、一人ひとりが発信者にもなる時代のリテラシーだろう。
(4)ところで、情報の真偽や偏りとは別の意味で、ツイッター上の「拡散」や「RT」について以前から感じていることがある。人助けや、人道上の正義を訴えるツイート、情報を、「RTお願いします」「拡散願います」とコメントして@メンションで投げてくる方々に、ずっと違和感を持っていた。
(5)一番最近では、ウガンダのKonyという人物が子どもたちを誘拐している、ということを訴えるビデオを、「拡散してください」「RTしてください」というツイートが複数@kenichiromogiに寄せられていた。違和感を抱くとともに、Konyのビデオにもひっかかりを感じていた。
(6)そうしたら、案の定、英語圏ではKonyのビデオは多くの人に見られると同時に、物事のとらえ方が偏っているとか、本当の解決にならない、真剣な政治というよりは広告であるという批判が噴出している。Konyのビデオを見た時に感じたひっかかりは、そのあたりへの直覚だったのだろう。
(7)情報の信憑性以前に、「RTしてください」「拡散してください」というかたちで情報を投げることに違和感を抱くのは、そこに、他者に対する経緯ある距離感が欠けているからだろう。人は、それぞれの判断で、情報を発している。その固有の時間に侵入することに、ためらいはないのか。
(8)カントは、他者を手段として扱ってはならない、他者自体を目的として扱わなければならないと言った。このことは、ソーシャル・メディア上の情報の拡散にも当てはまる。こういうビデオがある、と情報を提供するのはいい。しかし、RTや拡散は、個人の判断であって、強制すべきものではない。
(9)システム的に見れば、RTや拡散を機械的ではなくそれぞれの人の固有の時間(in your own time)でそれぞれの判断で行うことは、結果として情報の信憑性やリテラシーの質の向上に資する。広げるに値する情報があったとしても、他人をその拡散の単なる道具としてはいけない。
以上、連続ツイート第531回、「たとえ広げるに値する情報があったとしても、人をその単なる道具として使ってはいけない」でした。
★東北支援薪プロジェクト(桃源郷ハワイからの贈り物)のPRの仕方を注意しなさいよとアドバイスしてもらったような気がします。ありがとうございました。
★今日は高校入試合格発表日 はらはらドキドキしているのは 親だけで、本人はいたって平然としています。そんなモノかなぁ・・。
いつか紹介した 若者特有の 根拠のない自信かなぁ。
今日も素敵な出会いと感動を。

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