事務局開設

ちょっと気合いがはいってきましたねぇ。
You’ll never walk alone ☆彡

子育て通信 明治維新からの絆 2012.5.16
おはようございます。
今日は 鳥取いちおしNEWS 夕方6:20頃かなぁ・・
おグッチ代表スタジオ出演です!!
昨日スタジオで収録があり ばっちりでした。
先日の郡山訪問で新たな人間関係がまた広がりました。
次は6月にバスツアーを計画していますが またまた楽しいことになりそうです。
30名を目処にしていましたが 受け入れのことも考えると縮小も・・・分かりません。
これから少しずつ作っていきます。
郡山では地元観光協会の方も動き始めて 人的交流も進み始めています。
幕末そして、明治維新。
一部の武士により大きな変革を遂げた日本。
一方、戊辰戦争に敗れ、賊軍の汚名を被った東北地方。
武士の世が崩れ去り、新しい国づくりが始まった。
そして、東北開発の先駆けとして選ばれたのが、ここ郡山の「安積野(あさかの)の地」。
江戸時代末期に、宿場町となり、人々が集い始めた郡山。
しかし、人口は、その時5,000人。
周辺は、農家のための秣場(まぐさば)や荒れた原野が広がっていた。
もともと、水利が悪かったこの地に、山を越えて、猪苗代湖から水を引いた、安積疏水(あさかそすい)の開さく事業。
実に、延べ85万人の人々が携わり、3年の月日を費やした大事業。
この安積疏水の開さくの決定を機に、5,000人の町の周辺に、約2,000人余の士族が全国から集い、国の威信をかけた大事業「国営安積開拓(あさかかいたく)」が動き始めた。
これは、明治政府による国営事業の第1号。
安積疏水により、水利が拓き、安積開拓により豊かな大地へと変貌したこの地は、人々を魅了し続け、全国から多くの人々が集まりました。
そして、現在、東北地方をリードする都市までに成長した人口約34万人の中核市「郡山市」の礎、それが「安積開拓」。
安積開拓に懸けた先人たちの夢。
現在も脈々と市民に受け継がれる開拓者精神(フロンティアスピリッツ)がこのまちの原動力。
安積開拓が国営事業になるまでの軌跡。
そして、安積開拓後の奇跡的な発展の軌跡。
郡山は、チャレンジ精神にあふれた人々が集うまち。
郡山市のHPを見ていてじ・・・んとしてきました。
この開拓に鳥取藩の先人が加わっているのです。
今日も素敵な出会いと感動を。

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